久しぶりの更新。前回更新はなんと2023年11月だ。まぁネタが切れたわけでもないのだが、申し訳ないのである。
さて、今回はおさーん初物となる腕時計。オメガに続くスイスメイドはIWCをご紹介してみようと思う。

国産オールドと懐中にハマるおさーんがなぜにIWCか。それはふとした疑問からIWCの設立目的や創業者を追っかけていたら、見事ツボにはまってしまったからだ。

実はIWCに興味を持ったのは数年前にIWCという名の社名を初めて聞いた時のこと。
なぜスイスの、しかもドイツ語圏なのに設立当初から社名が完全な英語?
だって、1868年と大昔にスイスに作られた会社が、インターナショナル・ウォッチ・カンパニーという英語の社名なのだ。なんでまたそんな社名になったん?

これがふとした疑問だ。

設立当初の社史を調べてみると、IWCとアメリカの、しかもオールドハワードとの意外な関係を知ることになった。時計を手に入れてもいいかと思うようになったのは、これを知ったからである。

この先は例によって、おさーんの独断と偏見で延々といつものどうでも良い話が続く。興味のない方はスルーで。なお毎度のことながら、普通の人が見もしない又はさらっと流すところを延々掘り下げるのでご注意を。

さて、こうして操業を開始したIWCだが、アメリカとの関わり合いは、意外にも短期間で消滅することになる。

◆IWC創業に秘められた野望とその終焉

IWCの設立目的は、そもそもアメリカの機械化された近代的な時計製造手法をスイスに持ち込み、スイスで生産した高品質な時計をアメリカで販売するためだった。
だから社名が英語表記かつ、インターナショナルなのだ。はなっからアメリカ側から見られることしか意識してなかったんだろう。
創業者はフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズ。ハワードに勤務経験のあるアメリカ人だ。

IWC】ブランド概要と歴史 : 時計の学習メモ

時計の学習メモ
より引用。この写真はIWCの公式サイトにも掲載されている写真だ。だがこの写真どうやら本人のものではないらしい。IWCがジョーンズに似せた写真を掲載したものが、現在までそのままというのがその噂。そしていろいろ調べていくと、ジョーンズの写真は以下の1枚にたどり着く。
63655569-E427-48A1-AAE1-F4F9E7576BD9
若い写真だがどうやらこれが本物のジョーンズらしい。いくつかのアメリカのサイトでこの画像を確認できる。

まずこの発想が凄いわと。ジョーンズはこの時弱冠28歳。今ではどこでも普通に行われている手法だが、よくもまぁ150年以上も前にその年齢でこんなの思いつくなと。

ジョーンズが勤務したハワードはE.Howard Watch & Clock Co.になる。その時代は、所謂オールドハワードにあたる時期。ジョーンズは時計職人としての見習いから時計製造のキャリアをスタートさせ、その後ハワードに勤務していたようだ。
途中南北戦争に従軍するが、戦後再びハワードに復職。そして1868年にスイスに渡り、シャフハウゼンでIWCを創業する。

シャフハウゼンに居を構えたのは、近くを流れるライン川にシャフハウゼン全土の工場で使用する電力を賄うためのダムと水力発電所が建設されたことによる。
豊富で安い電力を使い、機械化された時計工場で時計をバンバン製造し、アメリカで売り捌くつもりだったのだろう。

こうしてアメリカ人がスイスに興したIWCは時計製造を開始するが、その行く先は険しい道のりだった。アメリカへの時計輸出はうまく軌道に乗らず、資金不足による経営難がIWCを苦しめる。
1875年、IWCは破産を申請。ジョーンズはIWCの経営権を手放し、彼の野望は潰えた。その間たったの7年であった。

とまぁ、ここまでがおさーんが確認した初期IWCの成り立ち。この後経営権は幾度となく移るが、会社はその後も成長し現在に至っている。そのあたりはおさーんより皆さんの方がご存じだろう。おさーんもこれ以降はさほど興味もないので、成り立ちはこのくらいにしておく。

さて、ここまででいくつか補足を。この先はいつもの完全なおさーんの妄想である。

◆なぜビジネスモデルがうまくいかなかったのか

アメリカの生産方式をスイスに取り入れ、コストを抑え高品質な時計を生産する計画が頓死したのは以下の理由があるのではないかと思う。まぁいつもの勝手な妄想だ。

アメリカの保護貿易
ひとつはアメリカの関税。過去記事にも記載したが、このころのアメリカは保護貿易まっしぐら。輸入品には高額な関税を掛けていた。時計には調整済みのムーブメントに対し高額な税金が掛かり、これをかいくぐるために、調整済みのムーブメントにあえて「UNADJUSTED」という刻印を行うメーカーもあったとか(実際にそうした刻印が存在する)。高品質を目指したIWCの製品は、当然課税対象となっただろう。保護貿易のなかでは、アメリカ製品に対して適正価格の維持すら大変だったろうと思う。

先取りし過ぎた時代
もうひとつの理由は、ビジネスモデルを実現するには時代が早すぎたのではないか。
このころのアメリカの時計産業を取り巻く状況は、ちょうど上流階級層から中産階級へ時計が行き渡り始めた時期。実際にウォルサムやエルジンが機械化を推し進め、高級品から普及品までフルラインでバンバン大量生産を行うのはもう少し後なのだ。(1800年代末から1900年代初頭)
IWC創業当時のアメリカでは確かにスイスに比べ機械化は相当進んでいただろうが、それでもアメリカ時計製造の現場は機械加工よりも手作業が多かった時代。
つまり、そのすぐ後に訪れた機械化が進んだ時代から見れば、まだまだ手作業に近い時代だったということだ。

サンプルとなった事業モデル
加えてもうひとつ、ジョーンズが勤務していたのは所謂オールドハワードである。当時のハワードは最高級品のみを製造しており、しかも生産規模はウォルサムやエリジンに比べかなり小さいのだ。
推測するに、当然この2社よりも手仕上げの工程が多く、手の掛かった製造工程を踏んでいたに違いない。
おそらくだが、ジョーンズが元としたのはハワードの製造現場であろう。
まだ機械化過渡期の方式を持ち出し、さらにハワードのような生産方式を適用したなら、思うようにコスト削減が進まず、大量生産も厳しかったのはさもありなんといったところか.。

ジョーンズの読み違え
結論としては、ビジネスモデルは素晴らしいが、時代を先取りし過ぎたことと、事業モデルとするサンプルが、達成すべき目的に対し適切ではなかったことが、ジョーンズの読み違いだったのかもしれない。以上がおさーんの妄想による解釈である。

なお、初期のIWCを調べていくうちに、IWCサイトに記載されたものとの食い違いが見つかった。それについても少し触れておこう。

◆E.Howard Watch & Co.での役職

IWCの日本語HPには、ジョーンズはハワードの副社長兼現場マネージャーとの肩書がある。本国サイトではディレクターの肩書が示されている。IWC本家の記載なので疑うのもおかしいが、アメリカ側の各種サイトで裏を取ってみた。だが、結果としてそうした肩書を得るに至らなかった。

当時のハワードの要職ならば、アメリカ側に名前が残って然るべきだが、どういうわけかアメリカではジョーンズの知名度は殆どなく、見つけた肩書は時計職人といったもののみ。
一応、南北戦争従軍を挟んでハワードに勤務と記載はしたが、実のところそれすらはっきりしない。
もしかすると、ハワードに勤務したのは南北戦争終結後である可能性もある。そうすると、ハワードでの勤務は2年間に満たない。その期間でとても要職についていたとは思えない。

ジョーンズはIWCの創設者であり、かつ本拠はスイスだ。ジョーンズ本人から語られた経歴は、そのまま事実として現在のIWCまで伝えられたと思われるが、彼の地アメリカから遠く離れたスイスで、本人が語った内容に多少の脚色が含まれていたとしても、誰もそれを確かめることはできなかっただろう。

◆というわけでようやく時計の話

おさーんの興味があった部分は大方語ったのでさくっと時計を紹介しておく。なんやかんやとIWCの歴史について書いてきたが、IWC創業当時は当然懐中時計の時代で、それもかなり古い頃。
ウォルサムで言えば、革新的と言われたModel1872すら存在してないし、マキシマやリバーサイドはずっと後だ。
いくら興味のあるメーカーとはいえ、さすがにその時代の懐中時計を手に入れようとは思わないので、時計はずっと後年の腕時計キャリバーであるCal.89を選んでみた。

Cal.89を選んだわけ
今回はいつもと違い、時計ありきではなくメーカーありき。
「IWCの時計を手に入れろ!」が主ミッションだ。ここで普通なら誰でも知ってるらしいポルトギーゼとかへ行くんだろうが、なにそれ美味いの?的なのがド素人なおさーん。
というわけで、常にブレない選定条件である「手巻き・ノンデイト」で選定する。これに加え、IWC製の著名なキャリバーとなれば、必然的に選び出されるのが、名機と呼ばれるCal.89だ。

Cal.89は、1946年から1979年まで長きに渡り使われた当時の高精度ムーブメント。時計好きが絶賛すると豪語する動画すらある。見つけたこれだな。
自分で少し調べてみると、Cal.89は長きに渡り生産されたのでタマ数もわりと多い。IWCは旧い時計でも修理を受け付けてくれるそうなので、もしもの時もなんとかなりそうだ。
他にもスモールセコンドであるCal.83などが引っかかったが、こちらは見事な造りなれど数も少なく並んでいる商品も超絶高額だ。
最初の1本は手堅く行っとくのが良いだろう。今回はCal.89に狙いを絞ることにする。

結局のところ、いつもの選定条件で引っ掛けると、常にオールドキャリバーばかりになってしまうおさーん。
ジョーンズは時代の先を行き過ぎたが、どうやらおさーんは時代から取り残されているらしい。

というわけでIWCの1本目(2本目以降があるとは言ってない)となるCal.89搭載の腕時計だドドン!

文字盤を見てみよう
これがおさーんが手に入れたIWCのCal.89を搭載する腕時計だ。
欧州製の舶来モノということも考慮し、多少値が張っても比較的損傷が少ないものを狙ってみた。この時計は非防水。加えて国産のように後先考えず買える値段でもないため、これ1本きりになる可能性が高い。そうなればできるだけ機械の状態が良いものを選んでおきたい。
では時計の画像どうぞ。

※なお、以下写真は全てヤフオクの出品画像をそのまま引用しています
i-img986x1200-1638541257oyq0bh201005

僅かながらボンベダイヤルの香りも残るオールドなフェイス。これ以上ないシンプルな文字盤とケース。どうやらこの時代、メーカーロゴはIWCではなく、筆記体で社名がフルスペルで記載されるらしい。
これ見よがしなロゴもなく、一見どこの時計かわからないのがこれまた実に良い。

実はこの時計、調べてみてもリファレンスがまったくわからん。このころのIWCの情報は非常に少なく、キャリバー以外の情報はほとんど得られなかった。

ただ、最近少し目がこなれて来たおさーん、上記画像を見た結果思ったこと。
これさー、一目リダンじゃね?。筆記体のロゴ違和感あるし文字盤の色もベタ塗り後にエアブラシで銀色吹いてね?。
商品説明にはリダンとは書かれていないが、特に筆記体の社名ロゴと文字盤カラーに目が行った。だが汚いのよりもキレイな文字盤ならリダンも厭わないのがおさーん。IWCはコアな収集アイテムではないためこれで全然充分だ。

IMG_6452
※手元に届いてから撮影した写真のロゴ回りを拡大してみた

届いてからいろいろ確認してみたが、結局リダンの可能性はよくわからんかった。もうちょっと線が細くて、先頭”I”と”n"の間が詰まってる気もするんだが、なにぶんこのロゴのサンプル確認数が少なく、おさーんの経験値も少ないため仕方ない。
実物を見た限りでは、文字盤の色も不自然なところはなく、こういうものだと言われればそんな感じ。
だがまぁ、おそらくリダンだろうと思う。それもそこそこ昔に行われのではないかと思う。
現在売られているCal.89はリダン済みと書かれた商品も結構多い。手を掛けても需要が見込める人気の高い時計と言うことなのだろう。

なお、手に持った感触はずっしりと重い。普段手にするオールドの非防水手巻きの感覚からすると、かなりずっしりとしている。だが、これはほとんど側素材のせいだろうな多分。

ムーブメント
この時計、当時の値段は知らんが、多分結構高かったんだと思う。それはケースやムーブメントの仕上げを見れば一目瞭然だ。

Cal.89はオメガのシーマスターと同様、元々英国軍が使用するため防水ケースに入れられたムーブメントらしく、そうした軍用時計はW.W.W.(Watch Wrist Waterproof→時計・手首・防水)ウォッチと呼ばれる。その筋な方々の間ではとても人気があり、同じムーブメントでもお値段の桁が変わるほどだ。

IWCのW.W.W.ウォッチはマークIXからスタートするそうだが、1948年発売のIWC マークXIに採用されたムーブメントがCal.89とのことだ。
その後も系譜が続くマークシリーズは、現在も高い人気を誇るパイロットウォッチらしい。

その後Cal.89は、伝統的なドレスウォッチなどにも採用され、1970年代になるとヨットクラブといった著名な時計にも搭載されている。そして1979年までの長きに渡り使われたムーブメントだ。

では、ムーブメントを見ていただこう。見た目の作りもとてもよく、とても上質なムーブメントだ。

i-img936x1200-16385412576cexmn201005

17石のムーブメント。コート・ド・ジュネーブ仕上げが目を引く。
オメガを選んだ時と同様、最も気にしたのは文字盤よりもムーブメントの状態だった。非防水なので、文字盤はキレイでもムーブメントが腐食しているものが多いのだ。
この時計はムーブメントに腐食ほぼ無し。キレイな時計は元気である確率が高いうえに、なにより精神衛生上良い。

さて、この時計は以前紹介したオメガ30mmキャリバーと同様17石だ。これは偶然ではなく、実はこの時代もアメリカは高級時計に対し関税をかけており、17石を境に税率が変わっていた。このためこの時代のアメリカ輸出を目的とした各メーカーの時計は軒並み17石だったのだ。

そして何より特徴的なのは、腕時計らしからぬブリッジ構造。往年のアメリカ製懐中時計とブリッジ構造が非常によく似ているのだ。これはおさーんにとって大きなポイント。

中央の大きなブリッジに、4番車とガンギの独立した2フィンガーのブリッジ構造。これはまさにウォルサムやキーストンハワードのブリッジプレートそのものではないか。
おさーんこれだけで丼3杯メシ食えるわ。いいわーこのブリッジ。
なお、耐震はインカブロックである。

裏蓋開けてみた感じはかなり良い造りに見えるCal.89だが、目で見えない部分も手抜かりなく素晴らしい。なぜおさーんがそんな見えない部分まで知っているかというと、Cal.89を選ぶにあたり、判断材料として分解組み立て動画を探し確認したからだ。
なんかの参考になるかもなので、一応そいつも掲載しておこう。以下はエニタイムウェアのメンテナンス動画である。ご興味のある人は是非観てほしい。

※IWC Cal.89の組み立て動画


メンテナンス動画はいかがだっただろうか。文字盤は何の変哲もなく、面白くもなんともない普通の面構えだが、Cal.89は名機に恥じない造りなのがご理解いただけると思う。
ちなみに、キャリバーナンバーだが、天輪の内側に位置する地板にC89の刻印がある。上記ムーブメント画像では見づらいが拡大して探してみてね。

i-img1200x930-1638541257babmjv201005

i-img1200x446-1638541257g9jmux201005

i-img972x1198-1638541257nts9xp201005
※裏蓋には写りにくいが細かなヘコミがいくつかある

いつ頃造られた時計なのか
最後に、この時計の製造年を。
いろいろ探しまくった結果、IWCのオールドは、シリアルナンバーでムーブメントとケースの年代が絞り込める。シリアルナンバーからは搭載するキャリバーナンバーもわかる。ガッチャやまがいもんはこれで弾けるわけだ。

便利なことに、こうしたものをデータベース化して検索ができるサイトを発見。おさーんも入札前に確認してみた。結果は1960年頃のCal.89を搭載した時計と1960年頃に作られたケースが組み合わされていることが判明。この時計はある程度信用できそうだ。
そしてこれも偶然だが、オメガに続きこの時計も1960年前後の時計。どちらもおさーんが集めてるオールドセイコーと年代まる被りなんだな。なんか感慨深追いものがあるなと。

というわけで
リファレンスやペットネームがわからない時計だが、IWCに送るとアーカイブがとれるようだ。さすればもう少し詳細がわかるかもしれん。いくらかわからんが、2~3万なら送ってみる価値はありそうだ。IWCに価格を問い合わせて検討することにしよう。
時計はともかく、ムーブメントが非常に気に入ったCal.89。耐震が付いているとはいえ、非防水かつケース素材が貴金属。気兼ねなく普段使いというわけにはいかないが、時計はことの他気に入ったおさーん。
もうひとつ二つ別のムーブメントを見てみたいところである。

IMG_6449

今回は、IWCの創業者のみ掘り下げてみたわけだが、アメリカとスイス2カ国を股にかけたアメリカ人の逸話は、アメリカにもほとんどなく、以外にも謎というより興味を持たれていないといった様相。ちょっと拍子抜けだった。



----

International Watch Co. モデル不明
製造年月:1960年
キャリバーナンバー:Cal.89(手巻)
石数:17石
振動数:18,000回/時(5振動)
ケース:18カラット金無垢