さて、おさーんにとってはハイビートと言えば、GSでもKSでもなく、当然ロードマーベル36000だ。
因みにおさーんの若かりし頃、一時期大流行した音楽はユーロビートだったがそんなのはどうでもいい。

こいつはロードマーベルの名を持つが、発売開始はロードマーベルの販売開始から9年後の1967年。
ずいぶんと遅れて販売されるのだが、そこから驚異の長寿命を誇る腕時計。
移り変わりの激しい高度成長時代の真っただ中で、11年間も販売され続けたのだ。

この時計、現在着用していても、恐らく古さを感じさせることは全くないだろうし、余程の通でもない限り、これが40年から50年以上前の時計とはだれも思わないだろう
腕時計のデザインはもうこの時代に完成してたってことなんだろうな。

ケースはステンレスとゴールドがあり、文字盤はバーインデックスとアラビア数字の2種類。特にアラビア数字が人気だ。アラビア数字文字盤は、値段はともかく、現在でもかの「はまぐり」をしのぐ大人気。綺麗な物はオクでも常に高値といったありさまだ。

※ロードマーベル36000 バーインデックス文字盤の画像
(インライン画像リンクがうまく貼れないので直リンクに変更しました)

アラビア文字盤には、さらに植字版とプレスがあるらしいが、人気は植字文字盤に集中する。なお、現存するものは、文字盤が絹目のモノが多いが、絹目以外の普通のシルバー文字盤も存在するらしい。

※ロードマーベル36000 アラビア数字文字盤の画像
(インライン画像リンクがうまく貼れないので直リンクに変更しました)

ゴールドケースは、金張りではなくメッキ(EGP)だが、最終モデルでも40年以上も経過している。金張りとは異なり、現存するEGPケースの個体はさすがに経年劣化が目立つものが多い。よって、シルバーにキレイなものが残りやすく、シルバー・植字・アラビア文字盤の損傷が少ないモノが出ると、途端に価格が吊り上がるのが、おさーんにはこの上なく辛いのである。

また、11年と長期にわたる販売年数の為か、いまだにデッドストックなるとんでもない上玉がたまに発見される。40年以上前のもので、しかも当時でも安くはない製品でデッドストックて何それ怖い。

さて、ロードマーベル36000(以下長いのでハイビート)のムーブメントは、Cal.5740Cというキャリバーだ。
ロードマーベルシリーズは、最初期(Sロード・Lロード)・初期(はまぐり)・中期(裏蓋段付き)までがマーベルベースのムーブメント。ハイビートを含む後期モデルはクラウンベースのムーブメントとなる。ベースがクラウンとなったロードマーベル後期のムーブメントは3種類のキャリバーが存在、その内訳は、Cal.5740A・Cal.5740B及び、最後発でハイビートに搭載される、高振動化されたCal.5740Cとなる。

また、日本最初の高級機として、ロードマーベルのムーブメントには、発売当初より機械番号が刻印されていた。中期の途中で高級機から準高級機への格下げが行われるが、機械番号はその後も変わらず刻印され続け、後期になっても変わらぬ伝統だった。
だが、Cal.5740Cには、残念なことに機械番号の刻印が廃止され、代わりに「JAPAN」と刻印が入っている。ハイビートは、伝統あるロードマーベルの名前を受け継ぐ最後のモデルだが、ここで準高級機から普及機へと位置付けられたのかというとそうでもない気がする。
ぢつは、Cal.5740シリーズにはすべてのムーブメントに微動緩急針がついている。手巻ムーブメントで
これが付くのはGS・KSと、ロードマーベル後期しかないようだ。
確かにCal.5740Cで機械番号はなくなったが、機械番号はクロノメーターなど特別な名前を名乗るムーブメント以外からは無くなっただけな気がする。→おさーんの勝手な妄想

さて、このCal.5740Cのハイライトは高振動化だ。Cal.5740Cは1時間当たり3,6000振動=秒あたり10振動と、途方もない速さでテンプが振動する。クラウンのキャリバーは18,000振動/時と振動数は半分だが、こんなの一部改良とかでできるのかね。魔改造の域なんじゃねーのと「セイコー部品カタログ」を確認しつつ驚くおさーん。
なお、Cal.5740A・Cal.5740B・Cal.5740Cのうち、Cal.5740Aは5振動/秒だが、Cal.5740Bは5.5振動/秒と、この二つは振動数が異なる。

この頃は高振動化がちょっとした最先端技術で、各社が取り組んでいた模様だ。高振動化に至る理由は、精度を高めるためだ。その内容をもう少し詳しく見ると、狂いを少しでも減らすことで、精度を安定化させるものとおさーんは理解した。まぁ時計の精度を高めるための仕組みってどれもそうなんだろうけど。

ご存じのように、時計はゼンマイの動力が最終的にガンギ車に伝わり、ガンギ・アンクルと噛み合い、往復運動するテンプの振動数が精度に関わる最も大きな要素。
通常平置きであれば常に一定間隔でテンプは振動するが、腕に付ける時計は当然常に姿勢が変わる。また、腕を振ったり動かしたりと、多方向から受ける重力だけでなく、遠心力なども加わることは避けられず、これがテンプの振動に影響を加え、精度の狂いにつながる。
つまり、重力その他の影響で、テンプが平置きと同じ状態で振動してくれないということだ。
よって、メンテナンスを行う場合、複数の姿勢で歩度を測り、最も精度が高くなるよう調整を施すというのはよく聞くお話だ。

姿勢誤差を少しでも和らげる技術として、高振動化がどのように作用するかというと、コマが良くたとえで使われる。低速で回転するコマと高速で回転するコマは当然高速で回転するコマが安定している。回転が落ちると、軸がぶれたり動いたりと不安定になる。さらに言えば、コマは平坦な板などの上で回るが、テンプをコマに例えれば、通常のコマなら動くはずのないこの板が、動いたり傾いたりするわけである。回転が遅い場合と回転が速い場合で、板が動くことでコマの動きにどんな影響を与えるかは、感覚的に理解いただけるだろう。

姿勢や動作の影響を受けないようにするには、他にも手はある。例えば、テンプを大きくする・重量をもたせる方法も有効かと思う。これは質量が大きくなることによる慣性を利用する方法。
回転している軽いものと重い物、大きいものと小さい物はどちらが止めやすいか。
だが、この方法は腕時計では限界がある。懐中時計ならまだしも、小型化・精密化した腕時計では、テンプを大きく・重くするのも限界があることはご理解いただけるだろう。

話はずれるが、精度の高い時計と言えばクオーツ時計。なぜクオーツの精度が高いかというと大きく二つの理由がある。ひとつは高振動化。クオーツは水晶に電気を流した時の発振をテンプの発信の代わりに使うが、振動数は32,000/秒以上だ。高振動とは言えたかだか10振動/秒の機械式とは比べ物にならない。もう一つの理由は、姿勢や動作の影響を受けるテンプがないこと。テンプの変わりは電気信号による振動であり、針を動かすのはステップモーターだ。
つまり、高振動化で得たより正確な振動を、重力等の影響を受けずそのまま使っているのである。これがどのような状態でも正確な時を刻むことができる大きな理由。
これより正確な時計を造ろうと思ったら、水晶より高振動な物体の振動数を使えば精度はあがる。現在最も正確に時を刻む時計は原子時計で、セシウムやストロンチウム他が使われるそうだ。ただ、精度的・コスト的に見て水晶発振で充分なので、時計のみならず電子機器に使われる発振器はクオーツばかりだ。

さて、ここまで高振動化のメリットを書き連ねたうえで今更なのだが、ここでおさーんの勝手な根拠のない妄想炸裂。正直な話、コマの回転数が倍になったからって、そんな安定するんかと思ったりするわけである。
10倍とかならまだしも、2倍じゃほとんど変わらんだろうと根拠ない勝手な妄想を繰り広げるわけだ。確かにクオーツはすさまじい精度だが、やっぱテンプがないのが最も大きなポイントではないかと思うのと、振動数も10倍どころの騒ぎではないのが理由かと。
じゃ、なんでどこも一所懸命やってたかということだが、単純に最先端は売りになるということではなかったのかと妄想するのである。中身はどうであれ、一番先にやらないと意味ないやつだ。
振動数が2倍程度なら、テンプをでかくするとか、慣性をうまく利用するほうが効くんじゃないのと勘ぐるおさー・・おっと、誰か来たようだ。

かなり話は脱線したが、こうして、高振動化の量産に成功したのがCal.5740C。諏訪製の手巻ムーブメントである。
高振動機はセイコーだけでも数多く販売されているが、Cal.5740Cとこれを搭載したロードマーベル36000は、国内では初めての高振動機なのではないかと思う。
なお、Cal.5740A・B・Cは、最後発のCal.5740Cのみ秒針規正がついていない。技術的な問題かと思うが、なぜそうなったのかは知りたいところだ。「そんなのあとでいいから高振動化はよ!」といった話だったりするのではないかと思ったりするのは伏せておくのである。

さて、ハイビートは高振動機という特徴に加え、異例の長寿命を誇る時計だが、その理由はなぜなのか。人気による長寿命もその理由のひとつだろうとは思うが、その人気にも別の側面があったのではないかとおさーんは思う。
ハイビートが販売されていた時代に、歴史を変える大きな流れが到来する。そしてハイビートはその一部始終を見届け、自身の販売終息を以てから間もなく、機械式腕時計は表舞台から消え去る。

ハイビートが発売されて2年後の1969年末のこと、月差5秒と途方もない精度を持つ、世界初のクオーツ腕時計、SEIKOアストロンが発売される。最初は超高価(発売価格45万円)だったクオーツ時計も瞬く間に価格を下げ、数年(3~5年後)には普及価格と言える価格まで値段が下がる。
既に70年代半ばには、精度と価格両面において、既に機械式腕時計は存在意義を失っていたと思われる。かのグランドセイコー・キングセイコーは機械式時計の終焉少し前に、血脈が一旦途絶えることになる。
ハイビートはこれを見送った後、1978年を以て販売を終了する。ダイバーやシャリオなどの腕時計や、女性物・鉄道時計で機械式は残ったが、それもその後2年間のことだった。

おさーんの勝手な推測だが、ハイビートが長寿命となった理由は二つあったのではないかと思う。
ひとつは、ハイビートが変わらぬデザインのまま手巻だったこと。何もかもが変わったその時代に、それ以前から何ひとつ変わらず、昔ながらの手巻時計が良いという人に需要があったのではないだろうか。
もうひとつは値段が手頃だったこと。実は終息間際のハイビートは安かった。最終価格は14,000円(SS)だが、これはセイコー腕時計の普及帯価格よりかなり低く、ボトムレンジよりの価格帯だったのだ。

日本初の高級時計としてデビューしたロードマーベルが20年後にはボトムレンジよりとは、時代の移り変わりも残酷だ。
ハイビートが発売された1967年当時の価格は11,000円(SS)。当時の大卒初任給は3万円少々だった。
ハイビートはその後11年間で3千円ほど価格が上がったのみで、販売終了時(1978年)の価格はSSで14,000円。当時の大卒初任給は10万5千円ほどなので、相対的に見て相当安くなった腕時計と思われる。
当時のボトムレンジの腕時計はもう少し安かったが、この値段なら、買い替え需要のほか、初めての手巻時計として、高校生や大学生が使うのにも手ごろな価格だったずだ。そして、さほど気にせず普段使いで使い倒されただろう。
OHなんかするわけもなく、壊れたり傷だらけになったら、買い替えられ捨てられただろう。今でも3万以下の時計はそんなもんだ。

現在残るハイビートは、意外に古いものが綺麗だったり、古いものが多く残っているのは、きっとそうした理由だろう。長い販売期間の割に、高年式が意外と少ないことにかなりの違和感があったのだが、そう考えるとその理由もうなづける。
販売当初は高価な時計だったから大切にされていた。だが、相対的に価格が下がり、後年は普段使いできる価格の時計だったので、そのまま使い倒され処分されてしまった可能性があるわけだ。

そんなわけで、ハイビートが長寿命だった理由の一つとして、単なる当時の懐古趣味だけではなく、いつしか、セイコー腕時計のボトムレンジの一部を担っていたのではないかとおさーんは思ったりするわけである。←おさーんの勝手な妄想です