セイコーの歴史を遡るなかで、時計の歴史を知りたくなったおさーんは、懐中時計の世界を少しだけ垣間見た。過去記事に「懐中時計もひとつふたつ手に入れてみたい」と書いたが、実はおさーん、オールドセイコーを狙う合間に、ちょいちょいアメリカ製懐中時計の実物調査を続行していた。数ある中からアメリカ製を選んだのは、モノが多く価格も手頃で、初心者にもやさしそうと感じたからだ。

◆ウォルサムに狙いを絞る

アメリカ製懐中時計の中からは、最も規模の大きかったウォルサムというメーカーから見ていくことにした。初めて聞く名前かもしれないので、アメリカ懐中時計メーカーの代表格のひとつであるウォルサムについて少し記しておこう。

ウォルサムは、1850年にデイヴィッド・デイヴィス、エドワード・ハワード、アーロン・ラフキン・デニソンの3名が、事業を興すことから始まる。
1951年、The American Horologe Co.という社名の変更の後、The Warren Manufacturing Co. を経て Boston Watch Co.となるが、早くも経営に行き詰まり売却。その後Tracy, Baker, & Co.を経て、1857年にAppleton, Tracy, & Co.として再編される。次いで1859年に他時計会社を吸収しThe American Watch Co.へ社名変更。その後1885年に、The American Watham Watch co.となり、1907年に Waltham Watch Co.と社名を変更する。

ウォルサムは普及品からハイグレードまでフルラインで生産を行い、アメリカ時計メーカーの中で最大の生産規模を誇った。だが、その後腕時計の時代になると共にアメリカの時計メーカーは衰退。ウォルサムも1949年に破産宣告を受け、1954年に商標だけが別資本に買われる。
こうして約100年の歴史に終止符が打たれた。現在もウォルサムの名前は残るが、当時の技術や製品は全く受け継がれていない。

ウォルサムの懐中時計は何せ生産数が多いので、現在も数多くの逸品が現存し、アメリカを中心にマイナーでニッチな市場を形成している。当時日本にも代理店から輸入されており、国内で最も多く現存する懐中時計のブランドだろうと思う。

◆リバーサイド、ヴァンガードを探すおさーん

ウォルサムには数々の著名な時計があるが、有名どころでヴァンガードとリバーサイドという銘の時計から見ていくことにしたおさーん。どちらの時計も現存数が多く、見た目も派手で造りも良い。その割に現状品であればそこそこお手頃なお値段と、おさーんのようなクソにわかにはちょうど良い。

そうこうしながらの数ヶ月、それなりに知識を習得し、いよいよ獲物の刈り取りに掛かるおさーん。最初の懐中時計は無難にネットショップから買うことに決めた。素性のわからんオークションから1発目を引くのは、あまりにもリスクが高すぎる。

さて、ネットショップの中からなんとか入手できそうな懐中時計を見つけたのは良いが、時計の素性が良くわからない。これがクソにわかの悲しさよ。

◆アメリカ製懐中時計の素性を調べるには?

こうした場合に利用できる、非常に便利なサイトがある。「POCKET WATCH DATABASE」というサイトは、アメリカ製懐中時計の膨大なデータがリストされており、シリアルナンバーで時計の素性だけでなく、価格相場まで見られるのだ。

実はアメリカ製懐中時計の入手を決めたのはこのサイトを知ったことにある。ここで得られる情報があれば、スキル不足をカバーできると踏んだからだ。

◆いよいよ購入

というわけで早速素性を調べる。商品画像からシリアル番号で時計の素性を確認。さらに市場相場を確認し、ネットショップの価格と比較する。売り物の絶対価格は高いのだが、国内入手でお店から買うなら相応か。お金はかき集めればなんとかなる金額だ。

「よろしい、ならば購入だ!」

実はおさーん、迷ってるうちにリバーサイドを買い逃したことがある。だから今回とりもなおさずさっさと即決。こうして、おさーんが手に入れた初めてのアンティーク懐中時計はこちらドドン!。

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こちらがWalthamのRiversideだ。この個体のムーブメントサイズは0サイズと呼ばれる小型懐中時計で、その大きさはオールドの腕時計とほぼ同様(29.63mm)。このサイズは当時の女性物サイズなので、良いモノでもなんとか手に入れられるお値段。つまるところ、お小遣い範囲のおさーんがターゲットにできるのは。今のところこのあたりが関の山だった。

◆入手した懐中時計の素性について

「POCKET WATCH DATABASE」で検索した結果によれば、この個体はウォルサムのモデル1900とのこと。製造年は1901年前後。アメリカ製の懐中時計は1850年以降からのスタートなので、アメリカモノとしては最盛期を迎える頃の時計になる。

文字盤の劣化もほぼなく、ほんのわずかなヘアラインがあるのみと、100年前の時計と考えるなら恐ろしい状態と言えるレベル。だが懐中時計の世界では、こんなシロモノが結構存在するのがさらに恐ろしい。そして、そのサイズ感はこんな感じ。さすがにちっちゃい。

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0サイズの懐中時計はちょうど腕時計に近いサイズ。カスタムケースにムーブメントを入れ、腕時計化も可能なのだそうな。国内では有数のショップである「マサズ パスタイム」では、裏スケ完全防水ケーシングも請け負ってくれる。先立つものがあれば是非にでもやりたいが、さすがにおいそれと手が出る価格じゃないのが寂しいところ。


マサズ パスタイムより引用

腕時計と同様、かつて女性物サイズは人気はなかったそうだが、腕時計化により最近は小さいモノの人気が向上。それなりに値段が付くようになったそうだ。

◆文字盤(ダイヤル)とインデックス

それにしてもだな、腕時計と大きさ変わらんとか、ホントに懐中時計かよと。
文字盤は焼物。エナメルガラスで艶のある文字盤だ。落としたらこれ一発だが、落とせば時計自体がアウトだわな。欧州製には耐震も古くからあったりするが(ブレゲがパラシュートと呼ばれるサスペンションを考案している)、この時代のアメリカ製に耐震装置は付いていない。
針は全て青焼だ。青焼針は初めて目にしたが、光に当たる針のなんと綺麗なことか。秒針に光を当てて青色っぽくしてみた。光が当たるとこんな発色だ。

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拡大したダイヤルをよく見れば、なんとインデックスは全て手書きとな恐ろしい。なんとも味わいのある文字盤だ。

◆ムーブメント

では、次にこの時計の心臓部であるムーブメントをみていただこう。実のところ、懐中時計の魅力はコレに尽きるといっても過言ではない。ネジの頭は磨き上げられ、ダマスキン模様がとても素晴らしいムーブメント。

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腕時計のサイズとほぼ変わらない大きさでこの装飾。もうホント素晴らしいの一言しか出てこない。さらに、これが量産品であるという事に、アメリカの技術力の凄さを思い知らされる。
データベースによれば、この時計の生産数は9,684個と1万個近いのだ。120年以上も前によくもまぁこれだけ手が込んだものを。

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※光の当て方を変えると美しく発色するダマスキン装飾、加えて曇りひとつないセンターホイールの美しさに目が奪われる

◆ムーブメントの造りについて

さて、ムーブメントだが、地板はニッケル製無垢。欧州製懐中時計のなかには地板が金無垢といった恐ろしいものもあるようだが、ニッケル無垢でもなかなかのものらしい。普及品には真鍮に金メッキの地板が用いられ、ちょっと良い機械にはニッケル無垢が使われているそうだ。
これ以外にも、この時代のアメリカ製懐中時計は、現代時計と比較しても造りが凄い。以下にその贅沢な造りをいくつか並べてみる。これらはアメリカ製鉄道時計では、基本どのメーカーでも共通なお約束の造り。
  • ムーブメントを覆うプレートにダマスキン装飾が使われる。
  • 使われる宝石はルビー&サファイア。ハイグレードになると一部ダイヤモンドも使われる。
  • 宝石の固定にはシャトンと呼ばれる石押さえが使われる。ミドルグレード以上になると素材が金無垢になるものもある(ゴールドセッティング)。
  • ミドルグレード以上でトレイン(二番車・三番車・四番車)の一部に金無垢が使われる(ゴールドトレイン)。ハイグレードになるとすべてのトレインで金無垢が使われるものもある(フルゴールドトレイン)
  • ミドルグレード以上でチラねじ及びミーンタームスクリュー(バランス調整ねじ)に金無垢が使われる。
  • ミドルグレード以上でほぼ例外なく微動緩急針が実装される。
  • ミドルグレード以上で巻き上げヒゲが使われる。
  • ミドルグレード以上で温度・等時性・3姿勢以上の調整が行われる。ハイグレードでは調整姿勢数は5姿勢、1920年代より6姿勢調整となる。
上記記載にあるように、金やダイヤなどもムーブメント各所で使われるという贅沢さ。上記画像の光り輝くセンターホイールは金無垢なのだった。
歯車が金なのは、単なる装飾や贅沢さの意味合いだけではない。金は他の金属に比べ柔らかいので、歯車に使うとスムーズに動作し、噛み合いなど馴染みも良い。加えて腐食に強く錆びず帯磁しない。チラねじにおいても同様。加えてテンプの外周により比重の大きな金属を使うことで、慣性が働き安定して回転する。
テン輪も工夫がなされており、素材はバイメタル(内側と外側で複数の金属を使う)。これは温度差によって起こるテン輪の膨縮がもたらす精度影響をを受けにくくするための当時の工夫。現在は治金技術が進み、熱弾性の影響が極めて小さい合金に取って代わられたことでバイメタルテンプは消えた。また、振り石とアンクルが噛み合う際の確実な動作のため、テン輪の上にダブルローラーと呼ばれるガイドローラーが付く。
巻き上げヒゲとは、ロレックスのムーブメント説明などに、「ほとんどのメーカーは平ヒゲで、巻き上げヒゲを採用するメーカーはロレックスかパテックくらいしか無い!」とか書れる、所謂ブレゲひげと言われるやつ。この当時はミドルグレードくらいからは普通に実装される。
0sといった小型のものでも手を抜かず、大型の高級・高精度の時計の造りをそのまま譲り受けた造りが高級品としての証。とことん贅沢な時計だ。

◆当時のカタログから

Waltham-Maximus-0s
※POCKET WATCH DATABASEより引用

上記画像は、POCKET WATCH DATABASEより引用したモデル1900の該当グレード1915年のカタログだ。このサイトこんな情報も見られるのだ。なんと有益なことよ。

以下適当な意訳。
  • 19個のダイヤモンドとルビー
  • 1ペアのダイヤモンドキャップ(伏石)
  • シャトンはゴールド製(raized gold settings=盛り上がった金無垢のシャトンによる石押さえ)
  • 調整済みで注意深く計時された時計
  • 温度に対する精度補正テンプ(バイメタル切りテンプ)
  • 天真の上下はダイヤモンドで保持される
  • バランス調整ネジ(ミーンタイムスクリュー)
  • 特許の取り外し可能な天真
  • 焼き鈍しされた特許のブレゲひげゼンマイ
  • ダブルローラーとサファイアの振り石
  • 鉄製のガンギ車
  • サファイアの爪石
  • 特許の微動緩急針
  • ゴールドトレイン
  • 安全香箱
  • 露出したクラウンホイール
  • モダンで芸術的なデザインの高級手塗のガラスダイヤル
因みに、知ってる人も多いと思うが、サファイアとルビーは同じ鉱物の色違いだ。コランダムという鉱物の赤いのがルビーで、赤以外をサファイアと呼ぶ。まぁ今更だわなこんなの。
なお、1901年前後と言えば、ちょうど人工ルビーの作成方法が確立されるまさにその頃。だが、時計へ行き渡るには数年必要なはずで、ダイヤ・ルビー・サファイアとも全て天然モノ。

さて、上記カタログを見つつ、実際の時計と見比べてみる。
まず、プレートに刻印される各種記載の文字色はゴールドだ。Giltと呼ばれる仕上げらしく金メッキであろうと思われる。
カタログ表記で見ると、ダイヤモンドキャップはテンプのみと記載されるが、手に入れた個体はテンプとガンギの2か所がダイヤモンドのようだ。加えて、トレインはフルゴールドだぞこれ。うーむ、これは嬉しい素晴らしい。同じグレードでも年代の違いによって、このように装飾や装備に違いがある。ウォルサムの傾向では、販売初期にから時間がたつと装備が簡素になっていく。値段も幾分上下するが、できれば古いものを選ぶとより贅沢なものとなることが多い。

◆ケースについて

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ケースはこのような感じ。Fahys社製の金張りオープンフェイスケースで、ムーブメント側の蓋がヒンジで開く仕様となっている。文字盤側はスクリュー(ネジ込み)タイプ。ケースに「Guaranteed 20 years」の刻印があることから、素材は金張りだ。

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というわけで、懐中時計の機械の中身や仕上げが素晴らしいことがこれでお分かりいただけるだろうか。仕上げだけではない、精度も抜群だ。0サイズは小型化を優先しているので精度も落ちるが、大型の16サイズなどになれば、適切な整備をちゃんと行うことで、現在でも日差は数秒までは追い込めるそうだ。

懐中時計を趣味とされている方も数多くいらっしゃるが、こうしたことを知り、実際に手にするまでは、古臭い骨董趣味のひとつくらいにしか思っていなかったおさーん。だが、こんなもの見て、造りや精度のことも知っちゃったなら、そりゃこっち行っちゃう人がいても無理はないと思う。

初めて手にした懐中時計は、小さいけどこの上なく満足の逸品。最初に「はまぐり」を手にした時と同様、これが自分の物であることがことのほか嬉しいおさーんだった。

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Waltham Riverside
製造年月:1901年前後
モデルナンバー:Model1900
グレード:Maximus
生産数量:9,864個
キャリバーナンバー:10573133(手巻)
サイズ:0s(29.63mm)
石数:19石
ムーブメントタイプ:オープンフェイス
ムーブメントセット:ペンダントセット
プレートタイプ:3/4スプリットプレート
振動数:18,800/時(5振動)
ケース:Fahys Watch Case Co. GOLD FILLED 20年保証・オープンケース
文字盤:シングルサンク・エナメル・ガラス文字盤