今回ご紹介する時計は、クオーツショック後に販売されたメカニカルモデルで手巻きの腕時計だ。多分クオーツショック後に、SEIKOの国内向けでは初めて登場した機械式腕時計ではないかと思う。

だが、セイコーの時計は、クオーツショックと共にある意味終わったと考えているおさーんにとってどうでもいい話。よって、おさーんの趣味から外れた時計でもある。
こうしたものを選ぶときは、お米ではないがひとめぼれか、なんかのストーリ性が琴線に触れたもの。今回は後者である。

この時計、普段使いではなく、オールド収集の一環で1年ほど前に買い求めたもの。しかも1年近くの長きに渡り探していた。なんでまた。

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なにが面白いかというと、じつはこの時計、機械式を捨ててしまったSEIKOが、機械式ムーブメントを社外調達し、しれっと自社刻印を付けて売ってしまった時計。マニュファクチュールが聞いてあきれる、SEIKOの黒歴史である。

中身は、スイス製フォンテンメロン社の機械式手巻きムーブメントが搭載されており、おそらく黎明期を除くSEIKO腕時計ではこれ以外ないであろう、社外ムーブメントを使った製品なのだ。

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この時計、どこで見たのか忘れてしまったが、どこかでこいつをちらりと見掛け、ルックスが気に入り素性を調べていた。その後無事に素性が判明。かなり新しい時計であることがわかり、おさーん一度は拍子抜ける。だが、同時にこれは面白いと、のんびり出物を探すことにした。

同じムーブメントを搭載するいくつかの個体に参戦したが、今回ようやくご縁があったのはこの時計。アラビア数字文字盤のSYKZ980(Ref.5328-0010)。男性用の腕時計だ。

この時計、数もそれほど多くはなかったと思われ、今となってはなかなか入手困難。同じムーブメントを搭載する時計は数種類あるが、現在はモノを選ぶ余裕などなく、常に出てきたもん勝負といったところ。だが、同じムーブメントを搭載する時計のなかでは、今回入手できたものが一番のお気に入りだ。

なにせ他の時計と比べれば、見た目が往年のボンベダイヤル全盛当時のそれっぽいのだ。
出たとこ勝負で願ったり叶ったりという、運のいいおさーんである。

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既に入手後1年以上経過したが、入手した頃は数も少なく、投網に掛かれば参戦を繰り返していた。最近は少数ながらも出品が増えたが、残念ながら高騰の波はここまで及んでいる。

カタログで見る限り、この時計が掲載された期間は、1987年 SEIKOウォッチカタログのVol.1とVol.2だけのようだ。1987年に1年間だけ、MECA.シリーズという名前で売られたものらしい。時代的にはお気に入りのクオーツ時計であるアニエス・ベーと同じころになる。
シリーズとして売られたことから、同じムーブメントでケース違いや文字盤違い、男女モノとバリエーションは結構多いのが特徴。

1987年のvol.2カタログが入手できたので、ラインナップをご覧いただこう。

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※「1987 Vol.2 SEIKOウオッチカタログ」より引用

「クオーツ主流の時代に新鮮なインパクトを与える時計です」と、さも他人事のように抜かしてるが、何もかもぜーんぶ捨てて、時代を変えてしまったのはSEIKO自身と大ブーメラン炸裂。しかもロストテクノロジー化させちゃって、作るに作れず安易に社外にぶん投げるという体たらくである。
とまぁ勝手なことを言いたい放題だが、海外ではSEIKO5を販売していたので、手巻はともかく、機械式が作れないわけがない。
国内における機械式腕時計の試験販売か、それともなんかの気まぐれか。いずれにせよ、国内で機械式腕時計の販売にあたり、社内で作るコストと投資を嫌い、手っ取り早く社外調達したか、ムーブメントの供給元より頼まれたといったものではないかと。→いつもの妄想炸裂なので真偽のほどは不明である。

MECA.シリーズはどの時計もスモールセコンド。男女ペアで使うことも想定されており、それぞれのデザインでメンズ・レディスモデルがラインナップされた時計だ。当時さほど数が生産されたとも思えないのに、今でも売れ残りデッドストックがたまに出てくるという驚きの時計。
文字盤及び裏蓋に付けられるマークから、製造は諏訪精工舎製(もしくはセイコーエプソン)のようだ。

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さて、この時計は、Cal.5328AというSEIKOがつけたキャリバーコードを持つムーブメントを採用している。だが、社外調達したムーブメントに対し、SEIKO自身の手はなんら入っておらず、しれっと自社刻印を入れただけのものだ。なお、ムーブメントを供給したフォンテンメロン社は、その後複数の企業と共にETAとなった。現代時計に疎いおさーんですら、さすがにこの名前は知っているほどの超有名エボーシュ。

さて、では裏蓋を見てみよう。これもちょっと面白いのだ。

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裏蓋に防水の記載がない。まさかこの時代でこれ防水機能ないんかね。中にもパッキンらしきものが見当たらないぞマジかそれ。

さて、見てわかる通り、製造年月は1985年1月。MECA.シリーズの他個体も可能な限り(10数個ほど)確認してみたのだが、どれも1985年製造ばかりであった。たまたま見つかったものがこの年代に集中していた可能性もあるが、社外品でロット生産ならばムーブメントは一括手配のはずで、製造年が集中していたとしてもなんら不思議はない。
だがこの時計、販売されたのが1987年と思われるので、製造後2年間寝ていたことになるのだ。

どれくらいの数量を発注したのかわからないが、外部調達なら既に原価は支払済み。普通ならすぐにでも回収に動くはずである。こうしたものは通常2年も放置されるはずはなく、遅れた理由が必ずあるはずだ。単純にムーブメントの数が揃うのに時間がかかった可能性もあるが、もしかするとこの製品の曰く付きなその成り立ちから、「さすがにこれどうなのよと、そのまま販売していいのかよ」、と社内で議論されたりしたのではないだろうかといつもの妄想にふけるおさーん。

この時計に関しては、その素性が海外でも興味を惹くらしく、オールド含むSEIKO製品に詳しいサイトに記載がある。その中から、おさーんもよく参考にさせてもらうPlus9Timeを見てみよう。


Plus9Timeより引用

Plus9Timeにもおさーんの妄想に似た記載があるが、興味深いのは、記事の最下段にあるデッドストックのYKZ960の商品タグ。

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Plus9Timeより引用

SEIKOは、確かにフォンテンメロン社製ムーブメントに自社刻印を打ち、そのまま販売したのは事実だ。だが、実は商品タグに、ちゃんとスイス製の社外ムーブメントを搭載していることを明記しているのである。
これはマニュアファクチュアたるSEIKOの、せめてもの良心なのだろう。
もちろん同型ムーブメントを搭載する時計には、全てこの記載が付いている。

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で、実際に着用してみるとこうなる。着けた感じもとてもよく、新しいのにオールドっぽい雰囲気。といっても現時点で既に40年近く前の時計なのだった。

この時計の販売後、1990年代末にSEIKOは再び国内で機械式腕時計に本格参入することになる。
今は当り前のように涼しい顔で販売されるSEIKO機械式腕時計だが、こんな歴史の一旦を垣間見れるこの時計。ひとつくらい持っておいて損はない。

なお、手に入れたい人はよーく見て注意してほしい。女性物も数多く出回っており、これまでにおさーんが見た個体の半分ほどが女性物であった。

※引用記載のない画像は、すべてヤフオクの商品画像を引用しています


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SEIKO MECA. SYKZ980
製造年月:1985年1月
モデルナンバー:Ref.5328-0010
キャリバーナンバー:Cal.5328A(手巻)
石数:17石
振動数:21,600回/時(6振動)
ケース:SGP