ウォルサム、キーストンハワードに続いて懐中時計の横展開3社目。今回は、イリノイというメーカーがかつて製造・販売していたバンスペシャルという懐中時計をご紹介しよう。
イリノイなんて聞いたことねぇぞ。それより先にもっとメジャーどころで今に続くハミルトンとかどうなのよとか。
なんかねー、アメリカ懐中時計はさ、つわものどもが夢のあと的な感じで、存続するメーカーと技術が無くなってしまったことに風情と魅力を感じているおさーん。今も続く名前はちょっと後でもいいやという。このひねくれ者が!
まぁイリノイなんてメーカー、時計好きでも知らんのが普通かと思う。巷の情報は歴史や機能変遷のお話も腕時計からしか載っておらず、懐中時計と腕時計の間はブツリと途切れているため仕方ない。
などと言いつつ、イリノイについてはおさーん自身が完全なニワカである。いろいろ調べてはみたが、まだほとんど知識もなくお勉強中。そんな状態でもイリノイという会社とバンスペシャルについて無謀にも説明を試みるおさーん。
◆イリノイウォッチカンパニーについて(Illinois Watch Co.)1869 - 1948
ウォルサムやハワードに比べると後発となるイリノイは、1869年にスプリングフィールドウォッチカンパニーとして創業。その後会社を再編し、イリノイ スプリングフィールドウォッチ カンパニーへ社名を変更。1878年に再び再編によってイリノイウォッチカンパニーへ改名。
しかし、3回目の経営危機は乗り越えられず、1928年ついにハミルトンへ売却される。こうしてイリノイはハミルトン傘下の時計メーカーとなった。
その後もイリノイブランドで時計は作られ続けていたが、大恐慌の余波を受け、ハミルトンは1932年までにイリノイの工場を閉鎖。その後も会社存続するが、 1948年にイリノイは79年の歴史に幕を閉じる。
◆バンスペシャルについて(Illinois Bunn Special)1894 - 1940's
この銘はイリノイのハイグレードのひとつで、かなり著名なグレード。イリノイといえばバンスペというくらい有名な時計だ。
もともと、ハイグレードにバンという時計があり、後年グレードアップしたものがバンスペシャルとして販売された。ちなみに「バン」という銘は創業者の姓(Bunn)だ。
バンスペシャルは1894年に18サイズから製造が開始される。18サイズでは23石以上の多石モデルも作っており、特に25石・26石は、とても見事なムーブメントだ。入手したコレクターが手放さないことから市場にも出回らず、現在は希少なうえにとても高価な懐中時計となっている。
16サイズのバンスペシャルは1913年と遅れてモデル8から製造が開始され、21石と23石のラインナップとなる。
このなかには、モーターバレルと呼ばれる香箱を用い、60時間の連続稼働を誇る時計がある。これがバンスペシャルというか、イリノイの時計が持つ大きな特徴のひとつだ。
なお、16サイズのバンスペシャルは現在市場にもわりと豊富に出回っており、価格はともかく国内でも入手はわりと楽な時計。
◆バンスペシャル エリンバー
バンスペシャルにはインバー合金の天輪とエリンバー合金のひげゼンマイを用いたテンプを持つ「エリンバー」と呼ばれる時計が存在する。これが特徴のふたつ目。
インバー及びエリンバー合金は、熱弾性が極めて低く、この当時開発された合金。これらを天輪とひげゼンマイに用いることで、従来のバイメタル切りテンプが不要となった。
現在のテンプが、バイメタル切りテンプでなくとも温度変化に対し強いのは、この二つの合金の発見のおかげである。

※ネット画像の拾い物(今回の時計ではありません)バンスペシャル グレード161A モデル15 タイプⅢEP 21石 エリンバー
上記画像がインバー合金とエリンバー合金を用いたバンスペシャル エリンバー。テンプがモノメタルであるだけでなく、切れ込みが入っていないのがわかると思う。ミーンタイムスクリューとチラねじは付いているが、ちょうどマーベルのテンプと同じような形状だ。
天輪とひげゼンマイが極めて熱の影響を受けにくいため、熱伸縮による精度維持のためのバイメタルも切りテンプも不要となった。これによって、テンプ製造時の加工や調整作業の大幅な工数削減と、熱における精度影響も軽減されている。(注1)
バンスペシャルは1940年代まで生産が継続され、約50年もの長い間、イリノイのハイグレードモデルとして販売された。
では、今回の逸品のご紹介。
◆今回の獲物(Illinois Bunn Spaecial Model14 16s 21J 60HR)1929

とても骨太な感じのダイヤルだ。クッキリハッキリアラビア数字のインデックスとくれば、鉄道時計によくある特徴。
こちらが1929年製造のバンスペシャル。16サイズの21石だが、ここは外してなるものかモーターバレル搭載60時間稼働のモデル14。
バンスペシャルにはタイプと呼ばれるモデルの細分類があり、この時計はモデル14タイプⅢと呼ばれる。モデル14タイプⅢは、60HRモーターバレルを搭載するの全モデルタイプを通じ、最も生産量が多い91,249個。(なおこのモデルタイプにエリンバーはない)
◆入手まで
ウォルサムもハワードもこれ以上進むなら、お財布地獄は突き抜けて資金ショートが確実。そんなおさーんは他に気になる製品を横目でちらり。バンスペシャルは以前から気になる時計だった。ウォルサムに見慣れ過ぎたおさーんにとって、このムーブメントはとても新鮮に映るのだ。加えて興味をくすぐるモーターバレルに60時間稼働。
さっそく相場を確認すると、23石めっちゃ高いんだがこれ。なんかマキシマより高くない?。
だが、たった2石少ないだけの21石になると、超お手頃になるのがこの時計の不思議。アメリカ相場では、あの数が多すぎてお手頃にもほどがあるヴァンガード以上のお得感。
それもそのはず、21石の生産数はモデル14だけで117,000個もあった。その数は、かのヴァンガードに迫る勢いだ。
先に書いたように、21石の60HRでは、モデル14タイプⅢの生産量がケタ違いに多く、このモデルタイプが最も入手しやすい。加えてエリンバーでもないことから、価格面でもお手頃だ。
というわけで、モデル14タイプⅢに投網を掛けて探していたところ、これが引っ掛かったわけである。
この時計はヤフオクから入手。当時はヤフオクで価格交渉が可能だったため、賢く使ってアメリカ相場で交渉。即決にて手に入れた。
◆ダイヤルと針
ダイヤルは鉄道時計な割に状態が良い。目立つヘアラインは27分位置の1本程度で汚れも少ない。針も同様で、キレイな青焼きのまま錆もなし。時刻合わせはレバーセットで右レバー。
というわけで、鉄道時計恒例のぽろんしとく。

ダイヤルをルーペで確認しつつ、インデックスをよく見てみると、これもやはり手書きのエナメルのようだ。遠目に見ればポップでキレイな感じのインデックスも、この時代は手間かかんだろうなと思う次第。
◆ケース
バンスペシャルのケースはWadsworthのケースが多いが、これはFahys Watch Case Co.の14KGFスクリューケース。
バンスペシャルは、工場でケーシング出荷されたものと、ムーブメント単体で売られたものがある(顧客が自ら選択できた)。工場でケーシングされたものは、その裏蓋に”Bunn Special”の銘が入る。この時計に目を付けたのは、このケースが工場出荷と思しき物だったのがその理由。同型個体で同じケースを纏うものも見つけており、たぶん間違いないと思う。

なお、バンスペシャルは全モデルのほとんどが金張り。ソリッドゴールドで工場から出荷された時計は無い。このケースは摩耗なども少なく、大きな傷も剥がれもなし。程度は比較的良好かと思う。
◆ムーブメント
ではムーブメントにいってみよう。

なんかいいでしょこのムーブメント。バンスペシャルはこうした感じでムーブメント上部に大きくペットネームが入る。その上に60時間の表示が見えると思う。テンプ脇にはモーターバレルの刻印も入っている。
プレートはこの時代やや旧式っぽい3/4スプリットプレート。ここに放射線状の装飾がが入る。緻密な加工ではないが、プレートが大きいためこの装飾がとても映える。16サイズのバンスペシャルは、この装飾以外にもサンドブラストを掛けたような装飾がある。また、穴車にも細かな磨き加工が入っている。
装飾以外にも、ハイグレードにふさわしい造りの良さも垣間見れる時計だ。宝石はルビーとサファイアが用いられる。ダイヤモンドこそ使ってはいないが、ガンギ上のルビーは大粒で見事だ。
宝石の大きさと見た目は同年代のウォルサムよりもよさげな気がする。
スクリューで留められるシャトンは、ウォルサムでもおなじみのレイズドタイプ(盛り上がったもの)。テンプに使われるミーンタームスクリューとチラねじも含め、これらの素材はすべてゴールドになる。また、トレインはフルゴールド。わりと後年の時計となるが、年代が進んでもウォルサムとは違い、その造りに妥協がない。
モデル14とモデル15の姿勢調整数は全て6姿勢調整だ。
性能的にももちろん文句なし。レイルロード・アプルーブドを満たす時計であり、精度も優れた時計だ。
◆カタログから
以下は1914年と、今回の時計より少し前の23石のカタログ。

※POCKET WATCH DATABASEより引用
お馴染みPOCKET WATCH DATABASEのカタログである。23石のカタログだが、見たところ石数以外に差はなさそうなので、このまま記載しておく。なお、ここに書かれたイラストがサンドブラスト似の装飾。なお、このカタログの時代、60HRもエリンバーも存在しない。以下恒例の簡単な意訳。

※POCKET WATCH DATABASEより引用
時計の細部を見ていて気付いたが、これ、テンプの伏石がルビーではなくサファイアですわ。しかも色が付いており緑っぽい。宝石は門外漢もいいところだが、緑と言ったらおさーんにとってはエメラルド。コランダムに緑があるとは知らなんだ。
◆おわりに
というわけで、イリノイの歴史と、バンスペシャルの概要が思わぬ長さとなってしまい、結果いつもの駄文であった。バンスペシャルは造りもよく、21石でもかなり満足できる時計。加えて23石に比べると相当お得感があり現存数も多いので、21石の60HRをおさーんお勧めのアメリカ製懐中時計に加えようと思う。バンスペシャルは次に23石を狙ってみたいところでもあるけれど、イリノイにはまだいくつか誇るべき時計がある。それを狙うのもいいかと思っている。
バンスペシャルは、21石でも充分過ぎる時計でとても満足だ。
脚注
※(注1):おさーんは手間が掛かっている方が好きなのと、今と見た目も異なるため、エリンバーよりもバイメタル切りテンプが好み。エリンバーのウンチクは興味深く、確かに生産性も上がり精度に寄与したのだろうが、「ふーん」くらいでこのテンプにさほど興味無し。
加えて豆な話で言えば、インバー合金とエリンバー合金を発見したのはギョーム。ギョームはインバー合金の発見でノーベル物理学賞を受賞している。インバー合金発見後、エリンバー合金発見までの間に作られたテンプが有名なギョームテンプ(ギョームバランス)だ。数も少なく希少なテンプとのことで珍重されている。だが、視点を変えよくよく考えてみれば、ギョームテンプはエリンバー合金が開発されるまでの中継ぎである。使われなくなったのは、エリンバー合金によって、バイメタルテンプ同様ギョームテンプそのものが不要となったからだ。だから数も少ないのだ。
ギョームテンプは欧州製の時計ではとても珍重されているらしいのだが、こういうのを知ってしまうと、「精度が良い!凄い!」とか盲目的にありがたがっている人々は知ってんのかなと思って・・・おっと、誰か来たようだ。
※(注2):セーフティピニオンは非常に簡素な仕組みで、2番車の軸にネジが切ってあり、香箱と噛み合うピニオンギアが2番車の軸にねじ込まれているだけのモノ。急激に香箱からトルクが掛かると、ピニオンギアが緩んで空回りし、香箱からのトルクを2番車に伝えない仕組み。ただし分解整備時にこれを意識せず強くピニオンギアを2番車軸にねじ込んでしまうと、ピニオンは緩まずそのままトルクが2番車以降に伝わり、トレインは木っ端みじんこになるというもろ刃の剣。
一回締めてから少し緩めるくらいが良いとの伝。
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Illinois Bunn Special
製造年:1939年
モデルナンバー:Model14 TypeⅢ
グレード:Bunn Special
生産数量:117,000個
キャリバーナンバー:5172942(手巻)
サイズ:16s(43.18mm)
石数:21石
ムーブメントタイプ:オープンフェイス
ムーブメントセット:レバーセット
振動数:18,000/時(振動)
ケース:Fahys Watch Case Co. 14KGF ・オープンフェイスケース
文字盤:ダブルサンク・エナメル文字盤
イリノイなんて聞いたことねぇぞ。それより先にもっとメジャーどころで今に続くハミルトンとかどうなのよとか。
なんかねー、アメリカ懐中時計はさ、つわものどもが夢のあと的な感じで、存続するメーカーと技術が無くなってしまったことに風情と魅力を感じているおさーん。今も続く名前はちょっと後でもいいやという。このひねくれ者が!
まぁイリノイなんてメーカー、時計好きでも知らんのが普通かと思う。巷の情報は歴史や機能変遷のお話も腕時計からしか載っておらず、懐中時計と腕時計の間はブツリと途切れているため仕方ない。
などと言いつつ、イリノイについてはおさーん自身が完全なニワカである。いろいろ調べてはみたが、まだほとんど知識もなくお勉強中。そんな状態でもイリノイという会社とバンスペシャルについて無謀にも説明を試みるおさーん。
◆イリノイウォッチカンパニーについて(Illinois Watch Co.)1869 - 1948
ウォルサムやハワードに比べると後発となるイリノイは、1869年にスプリングフィールドウォッチカンパニーとして創業。その後会社を再編し、イリノイ スプリングフィールドウォッチ カンパニーへ社名を変更。1878年に再び再編によってイリノイウォッチカンパニーへ改名。
しかし、3回目の経営危機は乗り越えられず、1928年ついにハミルトンへ売却される。こうしてイリノイはハミルトン傘下の時計メーカーとなった。
その後もイリノイブランドで時計は作られ続けていたが、大恐慌の余波を受け、ハミルトンは1932年までにイリノイの工場を閉鎖。その後も会社存続するが、 1948年にイリノイは79年の歴史に幕を閉じる。
◆バンスペシャルについて(Illinois Bunn Special)1894 - 1940's
この銘はイリノイのハイグレードのひとつで、かなり著名なグレード。イリノイといえばバンスペというくらい有名な時計だ。
もともと、ハイグレードにバンという時計があり、後年グレードアップしたものがバンスペシャルとして販売された。ちなみに「バン」という銘は創業者の姓(Bunn)だ。
バンスペシャルは1894年に18サイズから製造が開始される。18サイズでは23石以上の多石モデルも作っており、特に25石・26石は、とても見事なムーブメントだ。入手したコレクターが手放さないことから市場にも出回らず、現在は希少なうえにとても高価な懐中時計となっている。
16サイズのバンスペシャルは1913年と遅れてモデル8から製造が開始され、21石と23石のラインナップとなる。
このなかには、モーターバレルと呼ばれる香箱を用い、60時間の連続稼働を誇る時計がある。これがバンスペシャルというか、イリノイの時計が持つ大きな特徴のひとつだ。
なお、16サイズのバンスペシャルは現在市場にもわりと豊富に出回っており、価格はともかく国内でも入手はわりと楽な時計。
◆バンスペシャル エリンバー
バンスペシャルにはインバー合金の天輪とエリンバー合金のひげゼンマイを用いたテンプを持つ「エリンバー」と呼ばれる時計が存在する。これが特徴のふたつ目。
インバー及びエリンバー合金は、熱弾性が極めて低く、この当時開発された合金。これらを天輪とひげゼンマイに用いることで、従来のバイメタル切りテンプが不要となった。
現在のテンプが、バイメタル切りテンプでなくとも温度変化に対し強いのは、この二つの合金の発見のおかげである。

※ネット画像の拾い物(今回の時計ではありません)バンスペシャル グレード161A モデル15 タイプⅢEP 21石 エリンバー
上記画像がインバー合金とエリンバー合金を用いたバンスペシャル エリンバー。テンプがモノメタルであるだけでなく、切れ込みが入っていないのがわかると思う。ミーンタイムスクリューとチラねじは付いているが、ちょうどマーベルのテンプと同じような形状だ。
天輪とひげゼンマイが極めて熱の影響を受けにくいため、熱伸縮による精度維持のためのバイメタルも切りテンプも不要となった。これによって、テンプ製造時の加工や調整作業の大幅な工数削減と、熱における精度影響も軽減されている。(注1)
バンスペシャルは1940年代まで生産が継続され、約50年もの長い間、イリノイのハイグレードモデルとして販売された。
では、今回の逸品のご紹介。
◆今回の獲物(Illinois Bunn Spaecial Model14 16s 21J 60HR)1929

とても骨太な感じのダイヤルだ。クッキリハッキリアラビア数字のインデックスとくれば、鉄道時計によくある特徴。
こちらが1929年製造のバンスペシャル。16サイズの21石だが、ここは外してなるものかモーターバレル搭載60時間稼働のモデル14。
バンスペシャルにはタイプと呼ばれるモデルの細分類があり、この時計はモデル14タイプⅢと呼ばれる。モデル14タイプⅢは、60HRモーターバレルを搭載するの全モデルタイプを通じ、最も生産量が多い91,249個。(なおこのモデルタイプにエリンバーはない)
◆入手まで
ウォルサムもハワードもこれ以上進むなら、お財布地獄は突き抜けて資金ショートが確実。そんなおさーんは他に気になる製品を横目でちらり。バンスペシャルは以前から気になる時計だった。ウォルサムに見慣れ過ぎたおさーんにとって、このムーブメントはとても新鮮に映るのだ。加えて興味をくすぐるモーターバレルに60時間稼働。
さっそく相場を確認すると、23石めっちゃ高いんだがこれ。なんかマキシマより高くない?。
だが、たった2石少ないだけの21石になると、超お手頃になるのがこの時計の不思議。アメリカ相場では、あの数が多すぎてお手頃にもほどがあるヴァンガード以上のお得感。
それもそのはず、21石の生産数はモデル14だけで117,000個もあった。その数は、かのヴァンガードに迫る勢いだ。
先に書いたように、21石の60HRでは、モデル14タイプⅢの生産量がケタ違いに多く、このモデルタイプが最も入手しやすい。加えてエリンバーでもないことから、価格面でもお手頃だ。
というわけで、モデル14タイプⅢに投網を掛けて探していたところ、これが引っ掛かったわけである。
この時計はヤフオクから入手。当時はヤフオクで価格交渉が可能だったため、賢く使ってアメリカ相場で交渉。即決にて手に入れた。
◆ダイヤルと針
ダイヤルは鉄道時計な割に状態が良い。目立つヘアラインは27分位置の1本程度で汚れも少ない。針も同様で、キレイな青焼きのまま錆もなし。時刻合わせはレバーセットで右レバー。
というわけで、鉄道時計恒例のぽろんしとく。

ダイヤルをルーペで確認しつつ、インデックスをよく見てみると、これもやはり手書きのエナメルのようだ。遠目に見ればポップでキレイな感じのインデックスも、この時代は手間かかんだろうなと思う次第。
◆ケース
バンスペシャルのケースはWadsworthのケースが多いが、これはFahys Watch Case Co.の14KGFスクリューケース。
バンスペシャルは、工場でケーシング出荷されたものと、ムーブメント単体で売られたものがある(顧客が自ら選択できた)。工場でケーシングされたものは、その裏蓋に”Bunn Special”の銘が入る。この時計に目を付けたのは、このケースが工場出荷と思しき物だったのがその理由。同型個体で同じケースを纏うものも見つけており、たぶん間違いないと思う。

なお、バンスペシャルは全モデルのほとんどが金張り。ソリッドゴールドで工場から出荷された時計は無い。このケースは摩耗なども少なく、大きな傷も剥がれもなし。程度は比較的良好かと思う。
◆ムーブメント
ではムーブメントにいってみよう。

なんかいいでしょこのムーブメント。バンスペシャルはこうした感じでムーブメント上部に大きくペットネームが入る。その上に60時間の表示が見えると思う。テンプ脇にはモーターバレルの刻印も入っている。
プレートはこの時代やや旧式っぽい3/4スプリットプレート。ここに放射線状の装飾がが入る。緻密な加工ではないが、プレートが大きいためこの装飾がとても映える。16サイズのバンスペシャルは、この装飾以外にもサンドブラストを掛けたような装飾がある。また、穴車にも細かな磨き加工が入っている。
装飾以外にも、ハイグレードにふさわしい造りの良さも垣間見れる時計だ。宝石はルビーとサファイアが用いられる。ダイヤモンドこそ使ってはいないが、ガンギ上のルビーは大粒で見事だ。
宝石の大きさと見た目は同年代のウォルサムよりもよさげな気がする。
スクリューで留められるシャトンは、ウォルサムでもおなじみのレイズドタイプ(盛り上がったもの)。テンプに使われるミーンタームスクリューとチラねじも含め、これらの素材はすべてゴールドになる。また、トレインはフルゴールド。わりと後年の時計となるが、年代が進んでもウォルサムとは違い、その造りに妥協がない。
モデル14とモデル15の姿勢調整数は全て6姿勢調整だ。
性能的にももちろん文句なし。レイルロード・アプルーブドを満たす時計であり、精度も優れた時計だ。
◆カタログから
以下は1914年と、今回の時計より少し前の23石のカタログ。

※POCKET WATCH DATABASEより引用
お馴染みPOCKET WATCH DATABASEのカタログである。23石のカタログだが、見たところ石数以外に差はなさそうなので、このまま記載しておく。なお、ここに書かれたイラストがサンドブラスト似の装飾。なお、このカタログの時代、60HRもエリンバーも存在しない。以下恒例の簡単な意訳。
- 23個の特別品質ルビーとサファイア
- レイズドタイプの金無垢シャトン
- 温度・等時性及び6姿勢において正確な調整
- 金無垢のミーンタイムスクリューとチラねじが付いた温度補正テンプ(バイメタル切りテンプ)
- 磨き上げられたゴールドトレインホイール
- ダブルローラー脱進機
- ベベル仕上げとポリッシュ仕上げのスチール製ガンギ
- ブレゲひげゼンマイ
- セーフティーピニオン
- イリノイの摩擦を軽減するサファイアベアリング入り香箱
- 特許微動緩急針
- リコイルクリック(コハゼ)
- ダブルサンクダイヤル
セーフティーピニオンは、ゼンマイが切れた際の急激なトルク変化に対応し輪転を保護する仕組み。これがないとゼンマイ切れの際、ガンギまでの輪転が破壊され、運が悪いと転輪全損修復不可。(注2)
23石には、香箱にベアリングとしてサファイアが入る。21石はおそらくこれが無い。あと、コハゼが記載されているのは初めて見た(リコイルクリック)。これがカタログに記載されるということは、このあたりの時代では付加価値のある機能だったのだろうか。ウォルサムには普通にどれも付いていたけど。
下は1926年の21石のカタログ。こちらには誇らしげに60時間稼働可能なモーターバレルが宣伝されている。ベアリング入り香箱の記載はないので、割愛された2石はおそらくここで正しいと思う。
23石には、香箱にベアリングとしてサファイアが入る。21石はおそらくこれが無い。あと、コハゼが記載されているのは初めて見た(リコイルクリック)。これがカタログに記載されるということは、このあたりの時代では付加価値のある機能だったのだろうか。ウォルサムには普通にどれも付いていたけど。
下は1926年の21石のカタログ。こちらには誇らしげに60時間稼働可能なモーターバレルが宣伝されている。ベアリング入り香箱の記載はないので、割愛された2石はおそらくここで正しいと思う。

※POCKET WATCH DATABASEより引用
時計の細部を見ていて気付いたが、これ、テンプの伏石がルビーではなくサファイアですわ。しかも色が付いており緑っぽい。宝石は門外漢もいいところだが、緑と言ったらおさーんにとってはエメラルド。コランダムに緑があるとは知らなんだ。
◆おわりに
というわけで、イリノイの歴史と、バンスペシャルの概要が思わぬ長さとなってしまい、結果いつもの駄文であった。バンスペシャルは造りもよく、21石でもかなり満足できる時計。加えて23石に比べると相当お得感があり現存数も多いので、21石の60HRをおさーんお勧めのアメリカ製懐中時計に加えようと思う。バンスペシャルは次に23石を狙ってみたいところでもあるけれど、イリノイにはまだいくつか誇るべき時計がある。それを狙うのもいいかと思っている。
バンスペシャルは、21石でも充分過ぎる時計でとても満足だ。
脚注
※(注1):おさーんは手間が掛かっている方が好きなのと、今と見た目も異なるため、エリンバーよりもバイメタル切りテンプが好み。エリンバーのウンチクは興味深く、確かに生産性も上がり精度に寄与したのだろうが、「ふーん」くらいでこのテンプにさほど興味無し。
加えて豆な話で言えば、インバー合金とエリンバー合金を発見したのはギョーム。ギョームはインバー合金の発見でノーベル物理学賞を受賞している。インバー合金発見後、エリンバー合金発見までの間に作られたテンプが有名なギョームテンプ(ギョームバランス)だ。数も少なく希少なテンプとのことで珍重されている。だが、視点を変えよくよく考えてみれば、ギョームテンプはエリンバー合金が開発されるまでの中継ぎである。使われなくなったのは、エリンバー合金によって、バイメタルテンプ同様ギョームテンプそのものが不要となったからだ。だから数も少ないのだ。
ギョームテンプは欧州製の時計ではとても珍重されているらしいのだが、こういうのを知ってしまうと、「精度が良い!凄い!」とか盲目的にありがたがっている人々は知ってんのかなと思って・・・おっと、誰か来たようだ。
※(注2):セーフティピニオンは非常に簡素な仕組みで、2番車の軸にネジが切ってあり、香箱と噛み合うピニオンギアが2番車の軸にねじ込まれているだけのモノ。急激に香箱からトルクが掛かると、ピニオンギアが緩んで空回りし、香箱からのトルクを2番車に伝えない仕組み。ただし分解整備時にこれを意識せず強くピニオンギアを2番車軸にねじ込んでしまうと、ピニオンは緩まずそのままトルクが2番車以降に伝わり、トレインは木っ端みじんこになるというもろ刃の剣。
一回締めてから少し緩めるくらいが良いとの伝。
----
Illinois Bunn Special
製造年:1939年
モデルナンバー:Model14 TypeⅢ
グレード:Bunn Special
生産数量:117,000個
キャリバーナンバー:5172942(手巻)
サイズ:16s(43.18mm)
石数:21石
ムーブメントタイプ:オープンフェイス
ムーブメントセット:レバーセット
振動数:18,000/時(振動)
ケース:Fahys Watch Case Co. 14KGF ・オープンフェイスケース
文字盤:ダブルサンク・エナメル文字盤
コメント
コメント一覧 (6)
ご無沙汰しておりますm(_ _)m
ILLINOIS、知ってます!
が、Wadsworthが分からんのです。
なんか色んなメーカーの時計にここんちのケースが使われていたり、稀に文字盤に自社名が入った製品も見かけますが、ここって基本的にはケースメーカーか何かなのですかね?
ご存知でしたら教えてプリーズ!
おさーん
が
しました
いつもありがとうございます。😃
Wadsworthはケースメーカーです。
アメリカでは欧州と異なり、ムーブメントとケースは別売りでした。
最初はケース付きだったんですけどね。ウォッチメーカーが増えるにつれ、サイズが自然と統一、規格化されていったことから、元々外注でケース作ってた会社がケース専業メーカーとなっていきました。
時計買う人は、時計屋でムーブメント選んで、多種多様なケースメーカーから好みのケースを組み合わせて使っていたわけです。
そんなケースメーカーはタケノコのように現れて消えていきました。
Wadsworth以外にも、有名どころでは、最大のメーカーだったKeystone(K.W.C.Co.)、Crescent(C.W.C.Co.)、Philadelphia、Phahys、ROYなどがあります。
イギリスではデニソンが有名ですね。(アメリカの時計を多数輸入しておりケース需要があった)
これらのメーカーは腕時計のケースも多数作っているので古い腕時計のケースにこうしたメーカーの刻印が見つかることも多いと思います。
ケースメーカーの一覧です。
https://pocketwatchdatabase.com/guide/case-companies
おさーん
が
しました
しかし、イリノイ知ってるんですね。すごいな。
周辺の時計好きに聞いてみたのですが、なんじゃそれしか返ってきませんでした。
私もまったく知りませんでした。
おさーん
が
しました
自分もバンスぺ持ってます。
60HRではない、全く普通の21石ですが・・・
ただ、文字盤が無傷のダブルサンクでモンゴメリーな奴なのが少し嬉しい所(笑)
しかし、イリノイのマイナーさは少し悲しいですね。
個人的には、同じく知名度低めなハンプデンあたりも興味深い・・・
少し部品の仕上げが粗目な気もしますが、あれも良いものです。
そしてなぜか、私の手元にはハンプデンの身売り先!
ソ連邦モスクワ第一工場製造のハンプデンそっくりさんが居るのです(爆)
こんな奴買ってしまうあたり、もしかしたら・・・
いや、もしかしなくても私はトンデモないアホかもしれない(泣)
おさーん
が
しました
いつもありがとうございます。
モンゴメリーですか。カナダの時計かもですね。
モーターバレルより文字盤綺麗なほうがいいと思いますよ。
イリノイ、良い時計多いと思います。この後また色々出てきますので、ぜひコメントいただければと思います。
おさーん
が
しました