間髪入れずイリノイの3つ目。今回手に入れた時計は、先日紹介したサンガモのアップグレードモデルとなるサンガモスペシャルだ。
先に述べておくが、どうでもよい重箱ばかりが満載なのでかなりの長文。いつもよりしつこくお送りする。覚悟召されよ。

s-l1600

1.イリノイ サンガモスペシャルについて

◆Illinois Sungamo Special(1913-1926)

サンガモスペシャルは、後年のイリノイのトップグレード。イリノイといえばバンスペシャルの方が著名だが、バンスペシャルより上位のグレードとして企画され、生産されたモデルらしい。
サンガモスペシャルには19石・21石・23石があり、14年の総生産数は30,260個。生産割合は、19石が4.5%、21石が11.2%、23石が84.3%と圧倒的に23石が多い。サイズは16sと17sの2サイズ展開で、Model8/9/10/13の4モデルがある。このうちモデル10と13がモーターバレルを搭載しており、モデル13はバンスペシャル同様60HRモーターバレルを搭載している。
この時計は後年のイリノイトップグレードということで、バンスペシャルとは異なり、金張りケース以外にファクトリー金無垢ケースがある。またバンスペシャル同様、フルゴールドトレインを実装するが、特に製造初期においてダイアモンドキャップを実装する個体が希少ながらあるらしい。

また、サンガモスペシャルには結構コアなファンも多いようで、アメリカのサイトで丹念に記事を拾っていくと相当量の情報に行きあたる。「いやよくそんなの知ってますねあなた」的な面白いものも多く、とても興味深いのだ。
そうしたものでよく出てくるキーワード、”True Bridge”と"False Bridge"。直訳すれば「真のブリッジ」と「誤りのブリッジ」なんじゃそれ。

◆”True Bridge”と"False Bridge"

このふたつのワード、サンガモスペシャルのプレート構造に由来している。サンガモスペシャルは、バンスペシャルと違い、プレート構造はブリッジプレートだ。だが、初期モデルは完全な独立したブリッジ構造(True Bridge)なのだが、以降はちょっと変わった構造なのだ。
まずは初期のムーブメントをみていただこう。こちらはTrue Bridgeのムーブメントになる。
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Kirx Klox Special Projectより引用

そして、ちょうどテンプの受けとブリッジの境界あたりの拡大画像を比較したものがこちら。
上記True Bridgeと別のFalse Bridgeを並べて比較したものだ。

SnangamoSpecial Bridge

※左:True Bridge/右:False Bridge
Kirx Klox Special Projectより引用

上記2枚の画像にそれぞれに映る左右のプレート、これブリッジ構造なんだから分割されてないとおかしいのである。右側のFalse Bridgeは溝が彫ってあるだけで分割していないのがわかるだろうか。おさーんも時計買う際に、この溝なんじゃ?と思っていたのだが、じつはこれ、True Bridgeだとここは当然プレートの分割部分。Fase Bridgeは分割されてなくて溝が彫られているだけなのであった。
つまり、上にあるムーブメント全体の画像で言うと、真ん中のブリッジとその右のプレートは、溝が彫られブリッジっぽく見せてはいるが、実は分割されおらずひとつのプレートなのがFalse Bridgeなのだ。False Bridgeとはよく言ったもので、びっくりである。
True BridgeとFalse Bridgeは地板に留めてあるネジの数も同じで、パッと見た目はどちらも同じに見える巧妙な造り。True Bridgeはブリッジプレートに違いはないが、False Bridgeは見かけだけで実はプレート1枚なので、ホントは3/4ブリッジプレートじゃんこれと思ったりするおさーん。

ちなみにだが、総生産数30,260個のうちTrue BridgeはModel8とModel9の一部のみで、驚くことに僅か18%(5,410個)しか作られていない。なんじゃそれほとんどパチモン。
だが、POCKET WATCH DATABASE含むサイトの記載や一般的な認識において、サンガモスペシャルはブリッジということらしい。ええんかそれ。
なお、False Bridgeは言いにくいので、おさーん用語でこの時点からフェイクブリッジと呼ぶことにした。

2.今回手に入れた時計

今回手に入れたサンガモスペシャルはモデル10のモーターバレル搭載モデル。23石16サイズで、稼働時間は48HRだ。モデル10は16サイズと17サイズ両方がラインナップされており、16サイズが4,340個、17サイズが6,400個の計10,740個製造された。この数はモデル13の次に多く、モデル13はイリノイ伝家の宝刀60HRモーターバレルを搭載しているので、数量的にも価格的にもモデル10が最も入手しやすいのではないかと思われる。そしてモデル10なのでフェイクブリッジ。データベース確認したけど、プレートタイプはしっかり”Bridge”と書かれてたわ。

幸いなことに状態は悪くなく、ムーブメントもキレイな上にサービス(メンテナンス)済み。ダイヤル、針共にオリジナル。ケースもファクトリーケースと申し分ない状態だった。

◆入手まで

サンガモと同様、サンガモスペシャルもヤフオクにはほとんど出てこない。バンスペシャルは国内でも結構見つかるが、以外のハイグレードはほとんど見かけることはない。
よってこいつもeBayより入手。サンガモスペシャルは指値であればeBayに常時並んでいるが、どれも10万を優に超える高値で売れ残りが多い。オークション形式だともう少し安くなるはずなので、投網を掛けて見張っていたのだった。

手に入れた価格はアメリカ相場の状態「アベレージ」並みだが、状態から見ると「ファイン」なので幾分安かったと思われる。だが、eBayの送料に加え、関税その他をeBayが代行支払いする"Import Charges"が適用されてしまったため、「ファイン」相場並みになった。アンティークウォッチは非課税なのにまったく。
価格のイメージは、16サイズの1899マキシマとほぼ同じくらいのお値段。時計としてはさしたる価格ではないのだろうが、おさーんにとっては完全に干からびる相当お高い時計。先日のマサズメンテマキシマといい、死ぬほど出費がかさんどる。
それでもなんとか手に入れたかったのは、先にも書いたが、ダイヤル・針・ケースがすべてオリジナルかつ、ケースのデザインがとにかく素晴らしいことだった。

◆文字盤

この時計の文字盤はダブルサンクとシングルサンクの両方が用意される。今回手に入れたものはシングルサンク。インデックスは手書きだ。年代やモデルに応じてダイヤルは変わるが、実機についていたダイヤルはモデル10で多く使われていたものだった。
以下の画像は、POCKET WATCH DATABASEから引用したサンガモスペシャルで使われた”Extra Heavy Arabic SS"と呼ばれるインデックス(SSはシングルサンクの略)。1916年から1920年まで使われていたもので、今回の時計に使われているものと同一のものだ。
今回の時計は、針もここに表示されているものと同一形状でオリジナル。色は青焼きではなくワイン。なお、同じモデル10でも17サイズはこれと異なる針で青焼きになる。

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※工場出荷時のサンガモスペシャルの文字盤
※画像はPOCKET WATCH DATABASEより引用

上記インデックスだが、針と同様モデル10の16サイズと17サイズでは一部異なる。以下にその際を記載しておくので、オリジナルかどうかの判断の参考に。

arrowinout

モデル10の場合、16サイズならアローイン、17サイズならアローアウトのインデックスが標準。今回の時計は16サイズで上記文字盤全体画像のものと同一で、アローインなのでオリジナルがそのままついていると判断できる。

比較のために今回入手の時計のダイアルを拡大して載せておく

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◆ケース

ケースはワズワースの14K金張り25年保証。スクリューケース。
以下はPOCKET WATCH DATABASE内にあったサンガモスペシャルにおける工場出荷のケース一覧から抜粋したもの。

Illinois-Case-Model-Pyramid
※POCKET WATCH DATABASEより引用

こちらは「ピラミッドボウ」と呼ばれるケース(「ボウ」(弓)とは、龍頭の周りのリングのこと)。資料によれば、1919年からサンガモスペシャルで使われたとある。14K金張りのほかに14Kソリッドゴールドがある。メーカーはワズワース製。
ボウだけでななくクラウン(龍頭)も特徴のある形をしており、「ダイヤモンドクラウン」と呼ばれる。
このワズワースのケース、特許が出願されている。機構的になにかのギミックがあるわけではないようなので、デザイン特許なのではないかと思う。100年以上前にデザイン特許とか、アメリカ含む当時の先進国の知財に対する考え方は凄いなと思う。日本は戦後も諸外国から「猿真似」と言われたほど遅れていた。まぁ未だに知財のかけらもない超大国もあるからまだ幸いか。

mod_10case_rsweet

上記画像がデザイン特許の図面。実は龍頭のデザインは2種類あり、最初はこの図にあるように、半円の龍頭だった。その後ダイヤモンドクラウンに変更された。特許の日付はSep 17,1908。

では、今回手に入れたサンガモスペシャルの裏蓋刻印を見て頂こうか。
わかりづらいので刻印部分を拡大した。

Patent_case

ワズワース・25年保証の刻印の下に、弓と龍頭の特許及び特許日の刻印がある。先に記載した特許図面の日付と同一であることがお分かりいただけるだろうと思う。

piramidbow

そしてこちらが手に入れた実機のボウとクラウン。ピラミッドボウ&ダイヤモンドクラウンという呼び名がまさにそのとおりなのがわかると思う。このケース、この部分のデザインがとってもお気に入り。持ってるケースの中でもホント秀逸なデザインかと思う。いやーホントいいわ、このボウとクラウン。めっちゃええ。


5.ムーブメント

◆ムーブメントの仕様

サンガモスペシャルのカタログは、旧いものと新しいものの2種類が見つかった。そこで、両方を見比べてみて違いを見ていこうと思う。

以下は1914年、サンガモスペシャル販売直後のカタログ。

Illinois-SangamoSpecial-16s-WJJ14
※POCKET WATCH DATABASEより引用

販売直後のカタログを見てもらうと、ダイヤモンド・ルビー・とサファイアが使われていることが記されていることがわかるだろう。以下、簡単な意訳。
  • 23個のエクストラクオリティのダイヤモンド・ルビー・サファイア
  • レイズドゴールドセッティング(金無垢シャトン)
  • 温度、6姿勢、等時性による調整
  • ゴールドのミーンタイムスクリュー及びちらネジを含むテンプ
  • 研磨されたゴールドトレイン
  • 面取りおよび研磨されたスチール製ガンギ
  • ブレゲひげぜんまい
  • 安全ピニオン
  • イリノイの摩擦を低減するサファイアジュエルドバレル(香箱)
  • 特許の微動緩急針
  • リコイルクリック(コハゼ)
  • ダブルサンクダイヤル
次に1923年のカタログ。こちらは今回手に入れた時計の製造年に近く、今回の時計はこちらの仕様に準じたものだ。

ss_catalog_1923
※POCKET WATCH DATABASEより引用

こちらも以下意訳
サンガモスペシャルは、16サイズのレイルロードウォッチの中で最もグレードの高いモデルです。このムーブメントは、鉄道員をはじめとする過酷な職業に従事する人々のために設計されたもので、精度と信頼性に優れた特別な時計です。

高品質のルビーとサファイアを使用した23個の宝石。ゴールドセッティング。温度・6姿勢・等時性の調整。タイミングスクリューを含むゴールドスクリューを使用した温度補正テンプ。ダブルローラー。フリクションセットされたルビーローラージュエル。丸みを帯びたトップパレットジュエル。スチール製ガンギ。ゴールドトレイン。特許の微動緩急針。安全ピニオン。イリノイの優れたモーターバレル。ポリッシュ仕上げのワインディングホイール。安全リコイルクリック(コハゼ)。
これらのムーブメントは、工場で特別にデザインされたケースに取り付けられ、調整が行われます。
フリクションセットのローラージュエルの記載があるが、見えているルビーはシャトンのスクリューセットなのと、ローラージュエルということで、ジュエルドバレルのベアリングを指しているのかと思う。また、トップパレットジュエルとはアンクルの伏石を指す。因みに、アメリカ製懐中時計ではサファイアが多い爪石(パレットジュエル)だが、この時計はルビーを使用している。

こちらのカタログにはダイヤモンドの記載はなく、発売当初はあったものが割愛されたことが読み取れれる。また、追加されたモーターバレルの記述が入る。特にモーターバレルの記載部分は、バンスペシャルのカタログと同様に「イリノイの」という書き出しから始まることから、イリノイが自社製品の特徴として推す差異化部分であることがわかる。
確かにモーターバレルはイリノイとエルジンくらいしか採用してなかったらしい。ウォルサムはセーフティピニオンが不要な安全香箱を使用しており、”Safty Barrel"とカタログに記載していた。イリノイのモーターバレルはゼンマイ切れに際し、ウォルサムほどのセーフティを組み込んでなかったため、場合によっては安全ピニオンの組み合わせが必須だったとのこと。

バンスペシャルと同様、販売当初はサンガモスペシャルも工場出荷時にケーシングされた時計とムーブメント単体の両方で販売していた(1914年のカタログにムーブメント単体の価格が掲載されている)。だが、1923年のカタログにあるように、後年は全てケーシングされていたようだ。また、後年のカタログにはオープンフェイスオンリーとの記載があるが、販売直後はごく少数だがハンティングモデルもあった模様。

◆実際のムーブメント

では実際のムーブメントをご覧いただこう。

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まずはプレートに着目。真ん中のブリッジとその下のプレートの右端と左端に注目していただきたい。真ん中のブリッジ中央あたりは確かに切断されているが、ブリッジ両端は溝が彫られているだけで下側がつながっている。これが先ほど記載したフェイクブリッジ(False Bridge)。
この2つに見えるプレートが一枚だとすれば、上記説明でおさーんが3/4ブリッジプレート構造なのではないかといった意味が理解できると思う。

1914年のカタログのように、プレートに装飾がないのが少し残念。トップグレードならば多少でも装飾が欲しいところ。バレルとワインディングホイールには平面と凹面で別の研磨が入り、香箱上の3つのネジがアクセント。他はカタログ記載のどおり造りで、些細な違いといえばフルゴールドトレインであることくらいか。

◆おわりに

何の気なしにバンスペの次はサンガモ行くかと、手に入れる前に調べてみたサンガモスペシャルだったが、非常に示唆に富んだ情報が多く、それだけで相当楽しめた。知識を頭に入れてから実際に時計を手に入れると、感慨や喜びもひとしお。
ウォルサムに始まり、ハワード、イリノイとこれで3社目だが、イリノイの時計はその様々なネタも面白く、時計の出来栄えも大変素晴らしいものでとても気に入った。グレードの種類こそウォルサムより少ないが、それぞれの時計は個性があり、おそらく強烈なファンがいるのではないかと思う。おさーんもとっくにその仲間。

もう少しイリノイを徘徊してみようかと思う。

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メーカー・モデル:Illinois Sangamo Special
製造年:1920年
モデルナンバー:Model10
グレード:Sangamo Special
生産数量:4,340
キャリバーナンバー:3610559(手巻)
サイズ:16s(43.18mm)
石数:23石
ムーブメントタイプ:オープンフェイス
ムーブメントセット:レバーセット
振動数:18,000/時(5振動)
ケース:Wadsworth Watch Case Co. 14KGF 25年保証・オープンフェイス(ファクトリー純正)
文字盤:シングルサンク文字盤